指定したキッチンと違う!そんなことが本当にある? 工事請負契約と打ち合わせに潜む落とし穴

2026年10月26日 11:11

楽しみにしていた新居で、まさかの出来事



Aさんは、新築住宅の計画中、住宅設備メーカーのショールームを訪れました。

そこで、一目で気に入ったキッチンに出会いました。

扉の色、天板の質感、収納の使い勝手。そして、リビングを見渡せるペニンシュラ型のレイアウト。

「これがいい! 毎日このキッチンで料理ができたら楽しいだろうな」

Aさんは、メーカー名、モデル名、扉の色まで指定し、ハウスメーカーの担当者に希望を伝えました。

打ち合わせも済ませ、工事請負契約を結び、いよいよ新居の完成を待つばかり。

ところが、完成間近の住宅を見に行ったAさんは、思わず言葉を失いました。

そこに設置されていたのは、指定したメーカーとは違うキッチンだったのです。

形は希望していたペニンシュラ型でしたが、メーカーもモデルも、気に入っていた色も違います。

「えっ、どうして? メーカーもモデルも指定したはずなのに……」

担当者に確認すると、返ってきたのは、

「同等品として手配しました」

という説明でした。

しかし、Aさんにとっては、同等品かどうかという問題ではありません。

何度もショールームに足を運び、実際に見て、触れて、納得して選んだキッチンです。

新しい家での暮らしを思い描きながら、楽しみにしていたものだったのです。

それが、誰の判断で、いつ、なぜ変更されてしまったのでしょうか。

※このAさんの話は、工事請負契約と発注管理の問題を説明するために設定した架空の事例です。特定の住宅会社や実際の相談案件を示すものではありません。




「そんなこと、あるはずがない」と思われるかもしれません




メーカーもモデルも指定しているのに、別の商品が設置される。

建築関係の仕事をされている方なら、「そんな初歩的な間違いは起こらないだろう」と思われるかもしれません。

しかし、住宅工事に関するトラブルは、決して珍しい相談ではありません。

公益財団法人住宅リフォーム・紛争処理支援センターの公表資料によると、2025年度の住宅に関する新規電話相談は30,414件。そのうち新築住宅に関する相談が11,707件、リフォームに関する相談が11,004件ありました。

もちろん、この件数すべてが契約違反や発注ミスではありません。また、指定メーカーと異なるキッチンが設置された事例の件数を示すものでもありません。

それでも、住宅の取得や工事をめぐって、多くの相談が寄せられていることは事実です。

では、Aさんのような問題が起きたとしたら、どこを確認すればよいのでしょうか。




問題は、キッチンを発注した時点より前にあるかもしれない




Aさんは確かに、希望するキッチンを担当者に伝えていました。

しかし、ここで確認しなければならないことがあります。

その希望は、工事請負契約の内容に反映されていたのでしょうか。

例えば、打ち合わせではメーカー名やモデル名を伝えていても、契約時の仕様書には「システムキッチン一式」としか記載されていなかったとしたら、どうでしょう。

あるいは、見積書には希望したメーカーが記載されていても、実際の設備発注書には別のメーカーが記載されていたとしたら。

さらに、工事の途中で納期や価格の問題が生じ、担当者が同等品への変更を判断していたとしたら。

いずれも、発生原因や責任関係は異なります。

大切なのは、単に「誰が間違えたのか」を探すことではありません。

施主が希望した内容が、打ち合わせ、契約、発注、施工まで正しく引き継がれていたか。

この流れを確認する必要があります。

そして、そこに問題があれば、工事が完成してからでは対応が難しくなることもあります。






工事請負契約書にサインしただけでは安心できない




住宅の工事請負契約では、契約書だけでなく、設計図面、仕様書、見積書などの関係資料を確認することが重要です。

建設業法第19条では、工事内容や請負代金、工期など、法定の契約事項を書面に記載して相互に交付することが規定されています。

また、契約内容のうち同条に定める事項を変更する場合にも、その変更内容を書面にすることが求められます。

ただし、法律がすべての住宅設備についてメーカー名や色、品番を一律に契約書へ記載するよう定めているわけではありません。

そこで実務上重要になるのが、契約図書や仕様書に、合意した内容をどこまで具体的に反映するかということです。

キッチンであれば、メーカー、商品シリーズ、品番、扉の色、天板、設備機器、レイアウトなど、選定済みの仕様を確認できる状態にしておくことが望まれます。

また、「同等品への変更を認める」という取り決めがある場合には、その条件や承認方法も明確にしておく必要があります。

契約図書に特定の製品が明記されているのか、代替品を認める条項があるのか、施主が変更を承認したのか。

これらによって判断は変わります。

単に「同等品だから問題ない」とは言い切れません。





私が現場で使ってきた、複写式の打ち合わせシート





私は、建築工事では施主と施工者の認識を一致させることが何より大切だと考えてきました。

施主は建築の専門家ではありません。

一方、施工者は専門的な知識を持っているからこそ、施主が何を重要視しているのかを十分に理解できていない場合があります。

そこで私が実務で活用してきたのが、複写式の打ち合わせシートです。

打ち合わせで決まったこと、変更したこと、まだ決まっていないことを、その場で記録します。

内容を双方で確認し、担当者がサインをして、施主にも控えを渡します。

例えば、Aさんのキッチンであれば、

指定メーカーとモデル名

扉の色や天板などの選定仕様

ペニンシュラ型のレイアウト

見積金額への反映状況

未決定のオプションや確認事項

といった内容を記録できます。

重要なのは、施工会社だけが記録を保管するのではなく、施主も同じ内容の控えを持っていることです。

後日、「あのとき何を決めたのか」と疑問が生じても、双方が同じ記録を確認できます。

その場で決められないことは、未決定事項として残し、次回の打ち合わせで確認すればよいのです。

ただし、打ち合わせシートがあるだけで、契約や発注の管理がすべて完了するわけではありません。

記録した内容を契約図書や設備発注書に正しく反映させることが必要です。




工務店やハウスメーカーにも大きなメリットがある




打ち合わせ記録は、施主を守るためだけのものではありません。

施工会社にとっても、重要な管理資料になります。

例えば、施主から「最初からこの仕様でお願いしていた」と言われた場合。

記録が残っていれば、当初の希望、変更の経緯、合意した内容を確認できます。

反対に、施主の希望が途中で変更された場合にも、その内容と承認状況を整理できます。

また、営業担当者、設計担当者、現場監督、設備業者など、複数の関係者が関わる住宅工事では、情報の伝達が重要です。

営業担当者は知っていたが、現場監督には伝わっていなかった。

図面は変更されていたが、設備業者には古い仕様書が渡されていた。

こうした情報の食い違いを防ぐためにも、記録と図面、発注内容を連動させる仕組みが必要です。

特に、設備の発注前には、最新の承認済み仕様と発注内容を照合することが有効です。




打ち合わせシートは、契約書の代わりになるのか




ここは誤解しないようにしたいところです。

複写式の打ち合わせシートは、打ち合わせの経緯や合意内容を残すうえで有効な資料です。

しかし、シートに記入しただけで、法令上必要な変更契約の手続きがすべて済むわけではありません。

例えば、設備の変更に伴って請負代金や工期、契約上の工事内容を変更する場合には、契約条件と建設業法第19条に照らした書面化が必要になります。

打ち合わせシートを契約書の添付資料として扱う方法も考えられますが、その位置付けや変更契約との関係は明確にしておく必要があります。

私が重要だと考えているのは、打ち合わせシートを単なるメモとして終わらせないことです。

記録した内容を、契約、設計、見積り、発注、施工へとつなげていく。

そこまで行って、初めて記録が実務に生きてきます。




建築家として考える、工事発注で本当に大切なこと




今回のAさんの話に戻りましょう。

Aさんが求めていたのは、単にキッチンという設備ではありませんでした。

自分で選び、気に入ったものを、新しい住まいに取り入れることだったのです。

施工する側から見れば、性能や価格が同程度の製品であっても、施主にとっては代わりのきかないものかもしれません。

私は、建築の仕事では、この違いを理解することが大切だと考えています。

設計図面や契約書はもちろん重要です。

しかし、その図面や契約書を作るまでに、施主が何を希望し、何にこだわり、どのような説明を受けてきたのか。

その経緯もまた、建築計画の大切な一部です。

長く建築現場に携わる中で、私は、施主と施工者が同じ内容を確認できる記録を残すことを大切にしてきました。

打ち合わせシートは、決して難しい仕組みではありません。

それでも、双方が同じ記録を持ち、契約や発注に反映していくことで、防げる行き違いはあるはずです。

そして、すでに問題が起きている場合でも、契約書、仕様書、図面、見積書、打ち合わせ記録を時系列で照合することで、どこに食い違いが生じたのかを整理できる場合があります。

建築工事で大切なのは、契約書にサインをもらうことだけではありません。施主が納得して決めたことを、最後まで正しく建物に反映させることです。

そのための第一歩が、打ち合わせの内容を双方で確認し、記録に残すことではないでしょうか。


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