二級建築士のための旅館業用途変更ガイド──イレギュラー事例と必要図面の実務対応

2025年09月25日 17:07
カテゴリ: 最新情報

はじめに




近年、空き家や中古住宅を「民泊」や「簡易宿所」として使うだけでなく、正式に「旅館業」として運用したいという相

談が急増しています。

二級建築士にとって、こうした案件は新しい仕事の機会である一方、住宅設計の延長では済まない規制や手続きに直面す

る難題でもあります。



「民泊は住宅扱いだから簡単に転用できるのでは?」と考える施主も多いですが、旅館業に変える瞬間から建物は「特殊

建築物」となり、避難経路・防火・用途地域といった厳しい規制が適用されます。

ここを理解していないと、設計段階で手戻りが発生し、施主との信頼関係を損ねることにもなりかねません。



この記事では、旅館業用途変更における代表的なイレギュラー事例を取り上げ、それぞれがなぜ問題となるのか、どのよ

うに図面を準備すればよいのかを、実例を交えて丁寧に解説します。



1. 「100㎡の壁」にぶつかる




用途変更を考えるとき、まず出てくるのが床面積のしきい値です。

建築基準法では、用途変更部分が100㎡を超えると確認申請が必要になります。



たとえば、延床面積110㎡の住宅を旅館業に転用しようとすると、わずか10㎡の超過であっても「確認申請が必須」とな

ります。

施主からすれば「100㎡なんて小さな違いじゃないか」と思うかもしれませんが、法律上は線引きが絶対です。



この100㎡の壁を軽視すると、申請を怠ったまま工事を進めてしまい、後から是正指導を受けるケースがあります。

実務では、用途変更部分の床面積を正確に算定し、早い段階で確認申請が必要かどうかを施主に伝えることが欠かせませ

ん。


2. 「200㎡以下なら不要」という地域差




一方で、自治体によっては200㎡以下なら確認申請不要とする緩和規定が存在します。

山梨県の運用例では、200㎡を超えなければ増改築を伴わない用途変更については確認申請が不要とされています。



つまり、同じ180㎡の物件でも、東京なら確認申請が必要だが、山梨なら不要──こうした地域差が現実にあるのです。



ここで大切なのは、全国一律ではないという点。

設計者自身が「この地域はどうか」を調べ、施主に説明しなければなりません。



「東京で聞いた話では不要だったのに、こちらでは必要なんですか?」という施主の戸惑いは、現場で頻繁に起こりま

す。

このギャップを事前に埋めることが、信頼関係を保つ第一歩になります。

3. 既存不適格が突きつけられる




用途変更で忘れがちなのが、既存建物全体の適法性です。

部分的に旅館業に用途を変える場合でも、審査側は「建物全体が法的に適合しているか」を確認します。



もし検査済証がなかったり、過去に増築を無申請で行っていたりすると、途端に問題になります。

「まず既存部分を是正してください」と言われ、追加工事や申請が発生し、当初の予算を大きく超える例が少なくありま

せん。



このケースで一番困るのは施主です。

「旅館にするための工事だけ頼んだのに、なぜ昔の部分まで直さないといけないのか」と不満が爆発します。



実務では、用途変更を受ける前に検査済証の有無や増築履歴を必ず確認し、問題があれば最初に説明しておくことが重要

です。

4. 用途地域の壁に阻まれる




旅館業は、用途地域によっては認められません。

第一種住居地域などの一部では「宿泊施設不可」とされており、計画そのものが実現できないこともあります。



「住宅が建てられる土地だから旅館もOKだろう」と思い込む施主は多いですが、実際には同じ住居系地域でも旅館業はア

ウトという場合があります。



この点を事前に調べずに設計を進めてしまうと、建築確認以前に計画自体がストップしてしまいます。

必ず都市計画図を確認し、旅館業が可能かどうかを用途地域レベルで確認してから設計に入る必要があります。

5. 避難経路と階段の落とし穴




住宅設計と大きく違うのは避難に関する規定です。

特に3階建て以上の建物では、宿泊用途にする場合に2つの直通階段が必要となります。



住宅の延長で考えると、廊下幅910mmや階段の蹴上・踏面寸法は許容範囲です。

しかし宿泊施設に変わった瞬間、それらが「不適」とされることがあります。



実例として、3階部分を宿泊室に計画したところ、階段増設が不可能で断念せざるを得なかったケースもあります。

避難規定は設計の自由度を大きく制限するため、計画初期段階で避難動線を確認することが欠かせません。

6. 内装材が防火性能を満たさない




住宅で一般的に使われるクロスやフローリングは、防火認定を受けていないものも少なくありません。

ところが旅館業用途になると、防火仕上材でなければ認められないケースが多く、内装を全面的にやり替える必要が出て

きます。



施主は「壁紙を張り替えれば旅館にできる」と安易に考えがちですが、実際には防火認定品の選定と施工が必須です。

このギャップも、現場で混乱を生みやすいポイントのひとつです。

7. 用途変更に必要な図面とは?




用途変更では、住宅確認申請の基本図面に加えて、次のような追加図面が必要となります。



  ・配置図:敷地と避難通路、隣地境界を示す

  ・各階平面図:宿泊室数、収容人数を明示

  ・立面図・断面図:避難経路や防火区画の確認用

  ・避難経路図:非常口や誘導方向を明記

  ・防火区画図:防火扉や延焼ラインを明示

  ・仕上表:内装材が防火認定品であるかを記載

  ・設備図:非常用照明・誘導灯・消火器などの配置を明示



これらは建築確認だけでなく、消防との協議資料としても必要です。

「建築確認が下りたのに消防でNG」という二度手間を避けるためにも、最初から消防との打合せに持参できるレベルで図

面を仕上げておくのが理想です。

まとめ




二級建築士が旅館業案件を扱う際には、住宅設計の延長では通用しない数々の壁があります。



100㎡を超えると確認申請が必要

  ・自治体によっては200㎡以下なら不要という運用差がある

  ・既存不適格の是正を求められることがある

  ・用途地域で旅館業が禁止されるケースもある

  ・避難経路や階段幅の規制で計画が破綻することがある

  ・内装材は防火認定品でなければならない



これらのイレギュラーを知らずに案件を進めると、設計が頓挫したり、施主との関係が悪化したりします。



逆に言えば、こうした規制を事前に把握し、必要な図面を整えて消防との協議まで見据えた対応ができる建築士は、施主

から高い信頼を得られる存在となります。


注意書き



本記事は制度の一般解説です。実際の運用は自治体や審査機関によって異なる場合があります。計画前に必ず所轄行政庁・

消防署に確認してください。

お問い合わせ




当工房では、旅館業の用途変更に必要な図面作成や協議対応の代行を承っています。

「民泊から旅館業に変えたいが、どんな手続きや図面が必要かわからない」という二級建築士の方は、ぜひご相談くださ

い。

記事一覧を見る